*本稿は、『ブランディングのはじめかた〜「地産」の新しい価値をいかに生み出すか』(養殖ビジネス2023年5月号)からの抜粋記事です。
「ブランディング」という言葉は商標、ロゴの開発や広告宣伝、イメージ作りなど、さまざまな意味で使われるが、端的には「顧客にとって選び続ける理由となる意味・価値づくり」を表すものである。
「顧客にとっての価値」は、作り手視点の製品品質や価値とは異なる。スターバックスのコーヒーが、必ずしもセブンイレブンのコーヒーの3倍(程度の価格で売られているが)の品質ではないように、高品質は高付加価値の必要条件ではあるが、十分条件ではない。ブランドの価値は(流通を通して)顧客が最終的に決めるものだ。
シェフや消費者が水産物のブランドを選ぶ理由は、産地のイメージや希少性、生産者のこだわりや生産者とのつながり、パッケージや使いやすさ、食体験による価値、メディアや信頼できる人の評判や推奨、トレーサビリティや持続可能性への配慮など、さまざまな要素が存在し、実際にこうした価値によって価格も大きく変わりうる。
われわれは漁業のブランディング支援をしてすぐに、成功の鍵は流通(チャネル)戦略であることを認識した。
現在の水産物流通は産地・消費地ごとに卸・小売市場が細分化されており、また大手の流通事業者が、工業製品のように水産物を規格化し、基本的に安値で大量に仕入れる仕組みとなっている。
魚のほとんどは、産地と天然・養殖というラベルだけで判別される”匿名の”商品となっており、生産者による品質向上や付加価値形成の努力が伝わりにくい構造となっている。
こうした水産物の流通プロセスの中で、本来価値を生み出している生産者の取り分が少ない点も、漁業経営の大きな課題だ(図5)。
また、依然として水産物の「天然」信仰の強い日本では、市場でも「養殖」は品質イメージが相対的に低く、天然物と比べて安値で取引されているのが大半だが、外部の視点でみた時に、これからのブランディングの観点からは、実は養殖こそに機会があると考えられる。
まず、ブランドは「品質保証」を意味するものであり、品質や供給・価格が不安定になりがちな天然物に対して、一貫した養殖法によるブランドとしての品質の担保や、その安定的な供給(価格管理を含む)に向いていること。
そして、養殖では天然のような産地イメージや魚種の希少性だけでなく、「生産者」や「養殖技術」によるブランドの差別化や「新商品の開発」がしやすいこと。
地域団体商標制度が施行された2006年から、水産物は産地イメージが主たる差別化要素であったが、近年生産者・加工業者がブランドづくりにこだわった養殖ブランドも数多く登場しており、水産テックやデータ活用による栄養や旨み、トレーサビリティ価値の見える化など、養殖技術の進化とともに新たな価値提案が拡大している。
さらに、昨今海洋資源のサステナビリティに対する社会的な問題意識も高まる中、ASCやMELなどの認証をはじめ、持続可能性に配慮した水産品の選択が浸透し始めていることも、「持続可能な漁業としての養殖」ブランドの大きな機会となりうる。
環境省は近年、持続可能な地域産業のあり方として「地域循環共生圏」というコンセプトを打ち出している。これは地域の自然・文化・産業などの地域資源を一体として捉え、域内の資源循環で持続可能性とともに「地産」の価値や魅力を高めていくものだ。
天然物の「産地」が水揚げ港であることも多いのに対し、実は養殖こそ本当の意味で地域の特性の打ち出しや資源循環など、新しい「地産」の価値を提案できる可能性があるはずだ。まさに、養殖のブランディングは新しいステージに来ていると言えるだろう(図6)。
コロナ禍による直販・EC市場の急拡大など水産物の流通も多様化が進みつつあるが、水産ブランドの価値も多様化するチャンスのある時代になってきた。漁業ブとしての取り組みは始まったばかりだが、われわれは養殖水産物の新たな価値の提案を支援し、世の中の認識を本気で変えていきたいと考えている。